一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2021年8月 新型コロナウイルス感染症のPCR検査について

沖中耳鼻咽喉科クリニック
沖中芳彦

新型コロナウイルスは遺伝情報としてRNAをもつRNAウイルスの一種です。山口県内の新型コロナウイルスは従来型から感染力が1.4倍強いと言われるアルファ変異株(英国型)にすべて置き換わっていましたが、7月8日に更に感染力の強いデルタ変異株(インド型)が県内で初めて確認されました。その後の陽性者はデルタ株が主体となっているそうです。さらには、南米で猛威を振るっているラムダ型変異株の国内流入も心配です。ちなみに、英国の報告では、デルタ株の症状としては、従来型のような嗅覚・味覚障害は少なく、頭痛、咽頭痛、鼻汁が高頻度のようです。今回は、「知っておきたい病気の検査」ということで、新型コロナウイルス感染症で有名になったPCR検査について考えてみましょう。

ある生物種に固有の遺伝子を検出可能な濃度まで増幅する検査を「核酸増幅検査(Nucleic acid Amplification Test、略してNAT)」といいます。PCR法はそのうちの一つでPolymerase Chain Reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略です。核酸とは、遺伝子情報に関連するDNAやRNAのことです。新型コロナウイルスの遺伝情報であるRNAは増幅の鋳型にならないため、RNAに対してPCRを行うためには、まずRNAをDNAに変換した後に、DNAを増幅することになります。RNAからDNAへの変換を逆転写(Reverse Transcription、略してRT)といい、RNAを基に行うPCR法を、RT-PCR法といいます。また、PCR法によるDNA複製過程を増幅サイクル毎にモニターすることにより増幅物質の定量ができる方法をリアルタイムPCR法といいます。これは定量PCR法ともいわれ、ウイルスコピー数の比較や推移が推定できるなど、最も信頼度の高い検査法です。

PCR法は温度を上げ下げすることにより、核酸を倍々に増やしていきます。しかし、この温度を上げ下げするという工程に時間を要する(数時間)ため、温度を一定にしたままで遺伝子を増幅する簡便な方法が開発されました。これらは「等温核酸増幅法」と呼ばれ、PCR法と比べて検査時間が大幅に短縮され(1時間以内)、現在は5つの方法が実用化されています。PCR法も等温核酸増幅法も検出対象は同じものですので、「NAT」と「PCR」が同義に扱われることもあります。本年3月19日以降、日本人も含め全ての入国者・再入国者・帰国者は入国にあたり、出国前72時間以内に実施した新型コロナウイルスに関する検査による「陰性」であることの検査証明の提出が求められています 。この検査方法として、PCR法だけでなく等温核酸増幅法も採用されています(外務省のホームページより)。1年前は疑わしい方の検査を保健所にお願いしてもなかなか検査を行っていただけませんでしたが、現在は、NATの装置の普及やPCR検査実施機関の増加等により、格段に検査を受けやすい環境となっています。

PCR増幅曲線が定義された基準の値に達するまでの増幅(1回ごとに倍にする)回数をCt値といいます。新型コロナウイルスのPCR法に関して、日本(国立感染症研究所)では当初、40回の増幅回数で基準値を超えたもの(Ct値40)までを陽性としていました。40回も増幅すると、1個が約5千億個以上になりますので、臨床的には感染力のない、ごく少数のウイルスコピーしか含まない検体でも陽性になってしまうことがあります。ちなみに、Ct値35までを陽性としている国もあります。少ない増幅回数で基準値に達する方が、もともとのウイルス量は多いということになります。Ct値40とCt値35では約30倍のウイルス量の差になります。PCR法でも等温核酸増幅法でも、定性検査では、装置のCt値の設定が検査結果に影響します。

慶応大学医学部の西原広史教授らによる本年3月31日付けのプレスリリースによると、Ct値40では、陽性者が有しているウイルス量は約500ml(ペットボトル1本分)の唾液を浴びなければ人に感染させることはない程度だそうです。これでは日常生活で感染することはまずありません。また、Ct値37では125ml(コーヒーカップ1杯分)、Ct値33では10ml(市販の目薬1本分)、Ct値29では1ml(小さじ1杯分)、Ct値25では0.1ml(スポイド1滴)の唾液でヒトに感染させるウイルスコピー数になるそうです。

ところで、PCR法の感度(疾患に罹患している人が陽性とされる確率)は約70%程度、特異度(疾患に罹患していない人が陰性とされる確率)は99%程度とも言われています。この検査を有病率(検査前確率とも言います)10%の地域で1万人に行ったとしましょう。有病率10%ですから、1万人のうち千人の感染者がいます。感度は70%ですから、千人のうち700人は正しく陽性となりますが、300人は間違って陰性となってしまいます。また、特異度が99%ですから、非感染者9千人のうち8,910人は正しく陰性となりますが、残り1%の90人は陽性との誤った結果が出てしまいます。そうなると、感染者のうち正しく陽性と診断された(真陽性)700人と、誤って陽性と診断された(偽陽性)90人の合計790人中の陽性的中率(検査で陽性になった人の中で実際にその病気に罹患している人の割合)は700/790で、89%となります。

ところが、有病率が2%の地域では、同様の考え方で、陽性適中率は59%、さらに有病率1%の地域では41%と、何と検査で陽性になった人の中で半数以上の人が実際には感染していないにもかかわらず感染者と判定されてしまうのです。一人二人の感染者を見つけるために片っ端から検査を行うと時には弊害もあることを理解する必要があります。もちろん、感染が蔓延している地域では広く検査を行うことは有用ですし、状況から感染が強く疑われるのに検査で陰性となった人には、繰り返し検査を行うことも必要となります。

現在宇部市では、70以上の医療機関が、診療・検査医療機関として新型コロナウイルス感染症を含む発熱等の患者さんへの対応を行っています。感染が心配な方は、かかりつけ医または受診・相談センター(電話083-902-2510)へご相談ください。