知っておきたい病気
2023年6月 アルコール依存症について
高嶺病院
佐々木 順
アルコール依存症とは
アルコール依存症は、アルコールに関連した問題が大きくなり、生活に支障をきたした状態です。国際疾病分類第10版(ICD-10)によるとアルコール依存症は、①アルコールへの渇望、②アルコール摂取行動のコントロール不能、③身体的離脱症状、④耐性化、⑤アルコール中心の生活、⑥アルコールの有害な使用に対する抑制の喪失からなる6項目のうち、過去1年間に3項目が存在する場合とされています。
2013年日本におけるアルコール依存症生涯経験率は1.0%(男性1.9%、女性0.2%)であり、推計107万人(男性94万人、女性12万人)とされ、社会的損失は3兆円以上に達しています。一方で、専門医療機関を受診された人は4万人程度であり、他の精神科領域の疾患と比較しても治療ギャップが大きいことが問題となっています。これには、「俺がアルコール依存症のはずはない」「俺がアルコール依存症であったら皆依存症だ」という患者のアルコール問題への否認と、これまでのアルコール依存症治療は断酒のみであり、患者が底つき体験を得て自ら治療を求めるまでは治療を開始しないという医療者の姿勢が影響し、回復が困難となるケースも少なくありませんでした。
アルコール依存症の重症度のスクリーニングとしてWHOがAUDITを作成しています。これは10の質問からなり、①アルコール摂取(質問1〜3)、②依存症状(質問4〜6)、③飲酒による有害事象(質問7〜10)の3つの領域について評価するものです。各質問0〜4点で最高40点ですが、15点以上あればアルコール依存症の疑いが強まります。より簡便に測るため最初の3項目のみからなるAUDIT-Cは、男性で5点以上、女性で4点がカットオフとされ、多忙なプライマリ・ケアにおいても利用しやすのではないでしょうか。
アルコール依存症の治療
アルコール依存症の治療は断酒を基本として、心理社会的治療と薬物治療を併用し行います。
アルコール依存症者は、仕事や家族のストレス解消や孤独の解消など“飲まざるを得なかった”理由を抱えており、彼らから必要不可欠なお酒を取り上げることは容易ではありません。心理社会的治療では、断酒することで得られる生活が飲酒を継続すること以上に良いものであることを理解してもらうための認知行動療法や動機づけ面接、身心の回復を図るための作業療法や運動療法、仲間との交流や相互支援を通じて回復を目指す自助グループへの参加を行います。また、アルコール依存症者と密接に関わりのあった家族へのサポートも重要となります。家族はアルコール依存症者から暴言や暴力、金銭的な問題等で疲弊しています。あるいは共依存となって依存症者のアルコール問題を知らず知らずに助長していた場合もあります。アルコール依存症者が正しく断酒の道を歩いて行くために、それを支える家族がアルコール依存症についての理解を深めることができるよう、家族の自助グループへの参加や家族勉強会を行っています。
薬物治療は、①アルコール離脱予防、②断酒のサポート、③減酒治療を目的として行います。
① アルコール離脱予防のための薬物治療
日常的に大量飲酒を続けている人が急に断酒をするとアルコール離脱症状が出現します。24時間以内に見られる小離脱、その後72時間前後までに見られる大離脱があり、症状に合わせてベンゾジアゼピン系抗不安薬を使用します。肝障害がない場合はジアゼパム、肝障害がある場合はロラゼパムを主に使用しますが、いずれも使用は7日未満にとどめます。
② 断酒のサポートのための薬物治療
第1選択薬はアカンプロサートです。アルコールには抑制性のGABA作動性神経活動の亢進作用と興奮性のグルタミン酸作動性神経活動の低下作用がありますが、依存状態では正常と異なる神経活動状態で均衡が保たれています。断酒によりこの均衡が失われ、興奮性のグルタミン酸作動性神経が優位となることで強い飲酒欲求が起こりますが、アカンプロサートにより興奮性神経と抑制性神経の均衡を図り、飲酒欲求を低減します。
アルコールの分解を阻害する嫌酒薬(ジスルフィラムやシアナミド)については第2選択薬として、患者が断酒への動機づけがある場合に使用します。シアナミドは肝障害の副作用があるためモニタリングが必要です。
③ 減酒のための薬物治療
軽症の依存症で合併症を有しない場合や、断酒治療への動機づけが不十分であるが治療からの脱落を避け、暫定的な治療目標として減酒が考慮される場合に、心理社会的治療と併用してナルメフェンを使用します。ナルメフェンはオピオイド受容体に作用し、アルコールによる快・不快の情動を緩和することで飲酒欲求を低減し、大量飲酒日数や総飲酒量の軽減に有効です。
アルコール依存症はアルコールによる脳機能の異常ですので、意思や性格の問題ではなく誰でもなり得る病気であり、慢性的に進行し最終的には死に至り、その過程で周囲の人を巻き込んでいく病気になります。完治することはありませんが、早期治療により断酒を継続することで回復は可能です。プライマリ・ケアを受診される方の13%はアルコールの問題があるという報告があります。“肝機能が悪いな”、“うつっぽいな”というような症状があった場合にはアルコールの使用についてAUDIT-Cなどを利用して確認して頂き、必要に応じて専門医療機関への受診を促して頂くことをお勧めいたします。