一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2022年4月 糖尿病の飲み薬 ― 注目される2つの薬 ―

たお内科クリニック
田尾 健

糖尿病はインスリン不足が原因

血液中のブドウ糖、すなわち血糖は、細胞内に取り込まれ利用される大切な栄養源ですが、細胞内にうまく取り込まれず血液中に留まり続けて高血糖状態になると、血管や神経を痛める毒にもなります。膵臓から分泌されるインスリンは、血糖を細胞内に取り込ませ、利用を促進させることによって、血糖値を下げてくれます。このインスリンが不足するために慢性的に高血糖が続くのが糖尿病です。糖尿病になると心臓病、腎臓病や脳卒中、更には認知症やがん、骨粗しょう症になりやすくなる、怖い病気です。

インスリン不足を招く2つの病態

インスリンが不足する原因にはインスリン分泌不全とインスリン抵抗性の二つがありますが、これらをまず説明します。食べすぎや運動不足があると血糖が増えてきますが、膵臓からのインスリン分泌を増やすことで、より多くの血糖を細胞内に取り込ませ正常血糖を保とうとします。しかし、この状態が続くと、細胞内は過栄養状態となって肥満につながり、インスリンが効きにくくなります。満員電車の中に入りにくくなるように、血糖は細胞内に取り込まれにくい状態になります。これをインスリン抵抗性といいます。更に多くのインスリンを分泌しようと膵臓に無理が続けば、膵臓は疲弊してインスリンを十分に分泌できなくなります。これをインスリン分泌不全といいます。インスリンをお金に例えると、インスリン抵抗性は無駄遣いをしてお金が足りなくなる状態で、インスリン分泌不全は収入が減ったためお金が足りなくなる状態です。前者にはインスリンを節約することが必要であり、後者はインスリンの分泌を増やすことが必要です。

飲み薬の選択

糖尿病の飲み薬は現在9種類(表を参照)ありますが、医師がどのように薬を選ぶのかお話しします。インスリン分泌が低下している人にはインスリン分泌そのものを増やす薬を選択し、肥満等でインスリンの効きが落ちている人にはインスリンを節約する薬を選びます。但し、糖尿病患者さんは程度に差はあれ、どちらの病態も併せ持つ方が多数ですので、両者を処方する場合も多くあります。また、インスリン分泌を増やす薬にも4種類ありますが、インスリン分泌が落ちている方でも、分泌量そのものが少ない方や、分泌のタイミングが悪く食直後のみインスリン分泌が不足する方もいます。また薬により過剰なインスリン分泌が起こると危険な場合など、様々な病態を考慮して最終的にどの薬を選ぶのか決めます。インスリンを節約する薬も4種類ありますが、同様にそれぞれの薬の特徴を考えて患者さんの病態に最もあう薬を選びます。こうして最適薬を選択することで血糖をより正常に近づけ、合併症を起こさないようにし、最終的に健康な人と変わらない人生となることを目指します。一方、欧米では、患者さんの病態に適した薬剤選択で結果を目指すアプローチよりも、最終的に人生を大きく変える病気、すなわち脳卒中や心筋梗塞、心不全や腎不全などの大病を避けるためにはどの薬を選ぶのが最もよいかというふうに、結果を強く意識してアプローチする傾向にあります。特に心臓病や腎臓病、動脈硬化性疾患を防ぐことを重要視し、これらのリスクが高い患者さんにはSGLT2阻害薬もしくはGLP-1受容体作動薬を早い段階で選択することが推奨されています。

注目されるSGLT2阻害薬とGLP-1受容体作動薬

腎臓では尿中に一旦排泄されたブドウ糖を血中に再吸収する働きがあるのですが、SGLT2阻害薬はこの再吸収を抑制する働きを持つことで多くのブドウ糖を尿中に排泄させ、血糖値を下げさせます。これにより必要とするインスリン量が少なくなるため、SGLT2阻害薬服用はインスリンの節約につながり、減量効果も期待できます。この薬は発売後しばらくして医学界に大きな驚きをもたらしました。それは、投与後短期間で心不全や腎不全を抑える効果が見られたことでした。頑張りすぎた膵臓を保護するだけでなく、頑張りすぎた心臓や腎臓を休める効果もあったのです。今では糖尿病を伴わない心不全や慢性腎臓病患者さんにも使われるようになりました。もう一つ注目されているのが、GLP-1受容体作動薬です。GLP-1とは食物摂取の刺激を受けた腸から分泌するホルモンで、膵臓に働きかけインスリン分泌を促します。このGLP-1を模倣したGLP-1受容体作動薬がインスリンの分泌を助ける薬として2010年に注射薬として発売されましたが、当初はそれほど多くは処方されませんでした。しかし、この薬に脳卒中や心筋梗塞といった動脈硬化性疾患の発症を抑える効果があることが証明され、再び脚光を浴びるようになりました。また、最近GLP-1受容体作動薬の飲み薬が登場して使いやすくなりました。インスリン分泌以外にも食欲を抑制したり、脂肪の燃焼を促進したりする抗肥満効果がある、とても魅力的な薬です。

最後に

昨年、インスリン分泌を増やす作用とインスリンを節約する作用の二つを併せ持つ新しい薬剤イメグリミンも登場しました。生まれたばかりの薬で、まだ使用経験に乏しく、今後の評価が待たれるところです。これ以外にも近い将来新しい糖尿病薬が登場する見込みであり、薬の進歩が糖尿病患者さんにとって福音となることが期待されます。しかしながら、インスリン不足のもともとの原因は食べすぎや運動不足にあることから、糖尿病の治療に最も重要なことは生活習慣の是正です。薬によってインスリンを過剰に分泌させることで体に不都合が生じるなど、薬による副作用発現の可能性もあります。安易に薬に頼るのではなく、しっかりした食事や運動療法を行った上で、薬を服用することが大切です。