一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2022年2月 気付いた時には肝硬変?!~非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の恐怖~

セントヒル病院
佐々木 嶺

 「職場の健康診断で肝臓の数値が高いと言われて来ました。だけど、お酒は普段あまり飲まないので、少し気をつければ問題ないですよね?」このように思っている方、もしくはこのようなやりとりをこれまで病院の外来でされてきた経験はありませんか?
 以前は慢性肝障害の原因で頻度の高いものはC型肝炎ウィルス(HCV)、B型肝炎ウィルス(HBV)、次いでアルコールでした。しかしながら、HBVに対するワクチンが普及し、輸血や注射の回し打ちなど血液感染に対する基本的な予防方法が確立され、そしてHCV・HBVに対する抗ウィルス治療(内服薬)が急速に進歩し、ウィルス性肝炎による慢性肝障害は年々減少傾向にあります。一方で、肝臓に脂肪が蓄積する脂肪肝のうち、アルコールを毎日多量に飲む習慣がない場合(表)は非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)に該当し、更にNAFLDのうち肝臓の細胞がダメージを受け(炎症)、肝臓内にかさぶたのような硬い組織が形成される(線維化)状態を非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)と呼び、近年全国的に増加してきています。

表: 非アルコール性脂肪性肝疾患に該当する1日飲酒量の上限とその換算表

 NAFLDの有病率は非肥満者も含めると全人口の20-30%、 更にその中の10人に1人、すなわち全人口の2-3%(100人あたり2~3人)がNASHに罹患しているとも言われています。通常は肥満の方に発症することが多いNAFLD/NASHですが、日本では非肥満者においてもNASHを発症することがあり、また女性よりも男性に多いと報告されています。男性に比べ女性においては60歳以上に多いとされ、加齢や閉経に伴うホルモンバランスの変化が影響していると考えられています。NASHは他のC型肝炎やB型肝炎、アルコールによる慢性肝障害と同様に肝臓癌が発症する可能性があり、また長期に病気が進行すると肝硬変に至ってしまう恐ろしい病気です。NASHはおよそ20~30年の経過で肝硬変に至るとされていますが、高血圧や脂質異常症、糖尿病など他疾患の合併により、一層早く肝硬変に進展してしまいます。更に糖尿病を合併されている方は、肝硬変への進展リスクだけでなく肝臓癌の発生や心筋梗塞、脳梗塞などを発症するリスクもより高いと報告されています。肝硬変になるまで無症状であることも多く、タイトルの如く気付いた時には肝硬変に至ってしまっているケースも存在します。また一度肝硬変になってしまうと病態の改善は難しく、現代医療では肝移植しか根本的な治療方法はありません。
 NASHが恐ろしい病気であることはこれまで書いた通りですが、有効な治療薬が存在しないのが現状です。肥満者においては、食事・運動療法による減量が最も効果的とされています。特に体重の7%減量すると炎症が改善し、体重の10%減量すると線維化の改善が得られると報告されています。また合併症の治療も重要とされており、糖尿病・高血圧・脂質異常症の内服治療も平行して行いますが、これら生活習慣病に該当する病気についても、食事・運動療法が治療の基盤となります。肥満でない方や、減量を行っても肝障害の改善が得られない場合にはビタミンE製剤の投与を行いますが、より効果の高い治療薬の開発が現在世界的に進められています。
 とはいえ、現在の肝臓の状態やどれぐらいの数値を目標に生活を見直せばよいか、ご自身で判断・実践することは大変難しいと思います。また、一度減量して肝障害が改善しても、他の生活習慣病と同様に体重のリバウンドによりNASHが再燃する症例も数多く経験します。消化器病・肝臓専門医の外来ではNAFLD/NASHの診断だけでなく、適切な治療方針の決定やその後の定期通院での肝臓の評価、そして肝細胞癌の早期発見も含めて総合的な診察を行っています。今回の記事を読んで、心配なことや不明な点がございましたらお近くの病院の肝臓専門外来まで遠慮なく受診・御紹介頂ければと思います。