知っておきたい病気
2017年5月 不安障害の臨床
宇部フロンティア大学附属文京クリニック
秋元 隆志
「不安は自由のめまいである」という言葉を、19世紀の哲学者キュルケゴールは残しています。彼は、頼るべき神を失った後の人間の不安を考察した人ですが、この言葉は、不安は、独りで自由に生きることにつきまとう必然的なものだという意味です。
精神科で治療する不安障害の「不安」は、これとは少し違います。どこが違うかと言うと、一つは「自律神経症状」の有無です。頭の中の精神的不安だけでなく、首から下の身体症状、動悸や息苦しさ、四肢の冷感などを伴っているかです。不安がこのレベルになると、通常の精神的機能を果たせなくなることが多く、病気と判断されることが多いです
不安障害は、不安の出現の仕方で主に3つに分類されます。一つは「パニック障害」で、突然に不安が出現するもので、いつどこで不安になるか予測できません。二番目は、「恐怖症phobia」で、特定の状況に結びついて不安が起こります。三番目は、「全般性不安障害」で、不安の程度は軽いですが、さまざまな気苦労や心配が、ずっと続く状態です。最初にパニック発作から始まって、「パニックになったらどうしよう」と飛行機やバスに乗れなくなり「乗り物恐怖症」が起こることも多く、この不安障害の3つの型は相互に入り組んで居ます。
パニック障害が治療対象となったのは1980年代以降です。それまで強烈な不安が、動悸や呼吸困難感とともに襲って来ることがあり、耐え難いものであることは、あまり認められていませんでした。生涯でパニック発作を経験する人は、全人口の数十%に達すると言われて居ますが、「心臓の病気かと思って病院に行ったけど、気のせいだった」などと、振り返って多くは笑い話になってしまいます。しかし、その時の不安は強烈で、なかなか制御困難であると言われています。
パニックと診断されるのは少し抵抗があって、「アナライズ・ミー」というロバート・デニーロの喜劇映画がありますが、この中で「あんたは単にパニックなんだ」と軽く告知した医師に、「俺がパニックだと!」と激怒したマフィアのボスであるデニーロが襲いかかるシーンがあります。体験する本人には深刻な問題なので、丁寧に説明する必要があります。
二番目の恐怖症は、その中でも社交不安障害social phobiaが、臨床で最も遭遇することが多いように思います。社交不安障害は、いわゆる「対人恐怖症」に近い概念です。対人恐怖症は、taijin kyofushoとローマ字で綴られ、国際的にも通用し、文献検索サイトで検索すると、たくさん文献がひっかかります。昔から、日本や韓国で良く研究されてきました。ともに儒教文化の影響を受けている国で、人間関係での序列が尊重される国です。現在でも、文化と関連する一つの症候群として研究されています。
社交不安障害は、人間関係で水平感覚が優位な西欧諸国ではあまり見られないと思われていましたが、近年、疫学調査が行われると、相当な数が悩んでおり、一部は、アルコールや薬物の依存などへと発展することがあり、重要な疾患であるとわかって来ました。この病気は、不安障害の中では、唯一、男女の罹患率がほぼ等しい疾患で、多くの人が大なり小なり若年期に苦労する問題です。
薬物療法的には、パニック障害もそうですが、セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が良く効きます。SSRIが日本で発売されたのは1999年で、それまでの不安の薬物治療はベンゾジアゼピン系抗不安薬(いわゆるトランキライザー:安定剤)が中心だったので、ずいぶん治療の様子は変わりました。SSRIは、うまく効けば、服薬後に、鎮静された感じがなく、不安を予防することが出来ます。
しかし「若いときには人前で話すのは本当に嫌だった、でも今は社会経験も積んで平気になった」という中年の人も多く、どこまで薬物に頼るのか、どこまで社会経験の中での人間の成長に期待すべきなのか、判断が難しい病気でもあります。
薬物に頼らないトレーニングとしては、昨今では認知行動療法などの心理療法が組織化されていますが、ただ行動して状況を打開することが出来ないような場合や、不安と自信のなさと挫折体験が悪循環になって抜け出せないような時は、薬物の手を借りるのも、一つの方法かと思います。
最後に、全般性不安障害ですが、これは、くよくよと未来を不安に思うことが続きます。このタイプの不安は、うつ病の人に見られることが多いと言われています。
うつと不安の違いは難しく、「うつは過去のことを後悔し、不安は未来を心配する」、「うつは連続して機能が大幅に低下し、不安は一過性のものが多い」などの違いがありますが、全般性不安障害では、不安の程度は弱いのですが、ずっと不安が継続するので、うつに似て恒常的に機能が低下する、と言えるかも知れません。
これもSSRIが有効ですが、SSRIや抗うつ薬は合わない人たちが居ます。頻度は少ないですが、あるタイプの人たちは、服用するとactivation syndrome(賦活症候群:イライラ感、高揚感、不安、不眠、攻撃性や衝動性の亢進など)が起きることがあります。この状態の、定義や頻度、どのような場合にそうなり安いか:年齢、性格、服薬量、躁うつ病との関係など、まだまだはっきりとしていないことが多いです。2000年代初頭には18歳未満には、ある種のSSRIを使ってはいけないという頃もありましたが、現在はそれよりは緩くなっているようです。多くは服薬開始時や増量時に見られるので、合わないと思うなら無理に飲まないのが大事です。
不安障害の治療では、薬物にだけ頼り過ぎると、不安の原因にどう対処していくかという、人生の課題が、なおざりになってしまうことがあります。不安は身近な問題で有り、科学が進んで、不安を制御できる薬物が増えました。アルコールも含めれば、不安の薬は古代からあったと言えます。薬を使うことが有用な時もありますが、まず第一には、信頼できる人に相談してみるのが重要かと思います。相談してみると「もうちょっと頑張ってみよう」「やっぱり休もう」「お医者さんに行ってみよう」などと、自分の気持ちがはっきりすることがあります。