知っておきたい病気
2018年6月 いわゆる“カサンドラ症候群”
大西クリニック
大西 公二
カサンドラ症候群とは、発達障害者の配偶者が陥る状態(正式な医学名ではない)である。その過程は「治る」と言うよりも「深まる」がしっくりくる。発達障害者の共感性欠如を前に、配偶者の自問自答が始まる。日々の重圧を背負ううちやがて自身も根こそぎ変わってしまう。答えのない手探りの果てに思い思いの悟りを得るようだ。
発達障害者の配偶者にとって何よりの苦しみは、相手が「自分のことをどう思っているか伝わってこない」事である。響き合えない行止りが、他の者とは自然にわかり合えて来た配偶者を驚愕させる。「やってもらえない」「わかってもらえない」はまだしも、意思不明で「全てはあなた次第」と言わんばかりの相手の態度に絶望するのである。
発達障害者は、幼い頃から自己肯定感が著しく低い。そのため、周囲の反応を即被害的に捉え、「やっぱり自分は駄目だ」と心を閉ざし、気づきの機会を逃しやすい。また、何事も「〜のはず」と思い込むばかりで現場感覚が浮かばず、身も心もくたびれやすい。①周囲の刺激ですぐ混乱する②思いつきで突っ走り突然失速する③感情の振り切れや体の不調で寝込む、はしばしばである。
そんな相手に最初は配偶者も同情する。やがて、負担の増大だけでなく、無愛想、物忘れ、曲解、約束不履行が続けば、「ここまでとは思わなかった」と爆発する。配偶者が「念押し」や「注意」を強めると、本人は「監視されている」と怯え表情を固くする。配偶者が最後のお願いを訴えても、相手をそこまで追い詰めた自覚がないので激情するばかりである。息を飲むピリピリ感に関係修復もなかなか難しい。
衝突と落胆の繰り返しは配偶者を無感情にする。また、自身の怒りの突発に「自分の方が変なのか」との罪悪感も膨らんで行く。娯楽や対人接触が煩わしくなり、いわゆる”うつ”や”自律神経失調症”の裏で寄る辺なく日々を過ごしている。
いずれにしても、配偶者は「以心伝心」や「自発性」を相手に期待できない。任せられそうな素材を見つけては簡潔に説明し協力を求め、精神的な自足の道を探る他ない。そんな状況の中救われる点は、発達障害者も、場面の丸暗記の形であれば、対応策を実体験から学習できることである。自身が振り回され「人のふり見てわがふり直す」機会を得れば、頭だけの割り切りが少しずつだが修正されて行く。夫婦間で時折成立する「交信」は新鮮であり、その後の関わりに弾みを生む。
各々が「一人でいる能力」あるいは「応答性」を獲得していく過程は非常に緩やかである。発達障害者が少しなりとも「自分も生きてていいんだ」と思えるまでには長い期間を要するであろう。配偶者は、決めつけや暴走を思い留まる形で消耗を避け、変化を待ちたい。以下は対応例である。
- 用がある時だけ関わる(相手は休息を多めに要するので、一人の時間を保証してあげる)
- 「どうしたらいいか」をまず伝える。(「背景」や「考え方」は後で追い追い伝える)
- “不機嫌で面倒臭そうな”態度の時はそっとしておく。(多くは“エネルギー切れ”や”不甲斐なさ”)
- 迷った時は関わらない(相手に当たってしまい感情的な対立を煽るだけ)
- 相手ができない事はあっさり引き受け、小分けして対処する。(先々考え込むと潰れやすくなる)
- 要求内容は自分の考え方として具体的に伝える。(漠然としたべき論は被害的に反応されやすい)
以上学術的と言うには程遠い印象記となってしまったが、人知れず苦悩している方々への小さなエールとなれば幸いである。