知っておきたい病気
2019年5月 肺AAHについて
山口宇部医療センター
松本 常男
異型腺腫様過形成という肺の病変があります。英語ではatypical adenomatous hyperplasiaで、頭文字をとってAAHと言われます。
AAHは、ガス交換の場である肺胞が、正常肺胞細胞と少し異なる細胞によって覆われている病変のことで、通常は0.5cm以下です。切除された肺で主病変である肺がんの近くに顕微鏡下に偶然見つかる病変でしたが、最近では、検診や他疾患のために受けた胸部CTで単独に見つかるようになってきました。
AAHの30%以上で遺伝子異常が認められ、またAAHで遺伝子異常が認められた場合、同時に切除された肺がんと同じ遺伝子異常が認められていることから、肺腺がん(肺がん)の前がん病変と考えられています。喫煙との関連は認められていません。前がん病変とは「現状ではがんとは言えないが放置しておくと、がんに進行する確率が高い状態」です。この段階では症状も出ませんし、まして命の心配をする状態ではありません。また、がんに進行する頻度や時期も分かっていません。
CTは、人間の体を何枚もの断面像に分割し、周りとの重なりをなくしたX線画像です。胸部単純X線写真 (単純写真)より小さな病変を検出できますので、単純写真では見えないAAHが見つかるようになったのです。高分解能CT(HRCT)は、断面の厚みを薄くして、高画質にしたもので、病変の形態がより詳細に分かります。AAHは、CTでもHRCTでも、全体が“すりガラス”濃度の丸っこい陰影(すりガラス結節)として認められます(図はHRCT)。
しかし、がんと無縁で放置して良い病変、たとえば肺炎が治った跡なども、HRCTですりガラス結節を示します。また早期浸潤がんもすりガラス結節を示すことがあり、炎症なのか、AAHなのか、浸潤がんなのかは、実は病変全体を採って顕微鏡で見ないと診断はできません。「ええ!!ほおっておいて良い病変を手術するの?そんな馬鹿な!」と、誰しもが思いますよね。そこで、CT検診学会では、CTで、1.5cm未満のすりガラス結節が見つかったときには、高分解能CTでの経過観察を推奨しています。大きくなったり濃くなったりすると、がんの可能性が高いと判断して手術で確かめることになります。その結果が、がんでなく、まだ前癌病変のAAHであった。AAHはこんな風に診断される病変(病気)です。
半数以上の人が、がんに罹る時代です。肺がんに罹る確率は、男性で10人に一人、女性では22人に一人です。肺がんで死亡する人は、男性で17人に一人、女性で48人に一人の割合です。タバコを吸わないなどの発病予防が大切ですが、それとともに、早期発見、早期治療も死亡率を減らすためには重要です。放射線被曝を少なくした低線量CTでも、単純写真では見つからない前癌病変のAAHや他へ転移しない上皮内がんを見つけることができます。この時期に発見して手術をすれば、肺がん死亡を回避できます。そこで低線量CTを用いた検診をすれば集団の肺がん死亡率減少が図れるのではないかと期待されます。しかし、日本ではCT検診による肺がん死亡率減少効果はまだ証明されていません。理由のひとつは、CTで見つかったAAHや小さな肺がんは、見つけなくても極めてゆっくり進行し、肺がん以外の原因で死亡してしまい、肺がんの死亡率減少には寄与しないがんのことがあるためです(過剰診断といいます)。今のところは、低線量CTによる肺がん検診は、メリットやデメリットの説明を受けて、自分の判断で、自費で行なう任意型検診という形で行われています。
一方、40歳以上を対象とした単純写真と高危険群の喀痰細胞診による肺がん検診は、肺がんがあってもすべてが見つかるわけではない(感度63-88%)という不都合はありますが、年一回受診することで、集団の肺がん死亡率減少効果を示す相当な証拠があるとされています。対象となる人々が公平に利益を受けることができるということであり、公的資金を使った対策型検診として宇部市や山陽小野田市で行われています。AAHは見つかりませんが、この検診で発見された肺がんの約半数は治る可能性の高い病期I期のがんです。当院で治療した肺がん患者さんの中で肺がんの症状で発見された場合、I期は約1割のみでした(呼吸器症状を持った人がみんな肺がんというわけではありません)。病期が進むとともに治ることが難しくなる肺がんでは症状の無いうちに発見することが重要となります。お近くの診療所でもできる肺がん検診を年一回、毎年継続して受診することをお勧めします。
肺AAHはCTで発見され、手術し、顕微鏡で確認される病変です。ちょっと悩ましい病変である肺AAHと肺がん検診についてのお話でした。