一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2015年8月 鼠径ヘルニア偽還納について

宇部興産中央病院 外科
河岡 徹

皆さん、鼠径ヘルニア偽還納をご存知でしょうか?ヘルニア偽還納は腸管がヘルニア門(肥厚した腹膜)に絞扼された状態のままヘルニア嚢とともに腹膜前腔に戻る稀な病態です(図1)。用手環納後、鼡径部では腫瘤が触知されなくなることが多く、ヘルニアが整復されたように見えます。しかし偽還納ではイレウスは改善しておりません。本疾患は稀である為、意外と一般外科医の認識に乏しいといわれています。

【図1】

本疾患の主訴は腹痛・嘔気・嘔吐などが多く、整復部の圧痛などはあまりありません。偽還納された部位での腫瘤触知や疼痛、筋性防御などの腹膜刺激症状を認める症例も少ないようです。ヘルニア偽還納の内訳ですが、外鼠径ヘルニアが多く、男性・壮年期に多いようです。また内鼡径ヘルニアや大腿ヘルニアでの報告例も少数あります。

診断についてはCT検査が有用です。通常のヘルニア嵌頓の際に鼠径管や大腿輪付近にみられる球状に拡張した小腸ループが、本症では腹膜前腔、鼡径部近傍にみられるのが特徴的です(図2)。ヘルニア偽還納は腸管が絞扼した状態が続いておりますので、緊急手術を要します。しかし本邦の報告例では医療者側にも偽還納の認識がなかったため、まずイレウス管留置などの保存的加療が先行されたりしており、治療が遅れてしまうケースも多かった様です。

【図2】

手術は通常の鼠径部切開法(前方アプローチ)の報告が多いですが、ここ最近では診断もしくは治療を腹腔鏡手術で行っている施設もあります。しかし診断が遅くなって腸管壊死を伴ってしまい、腸管切除を行わざるを得ない場合は、メッシュを用いない従来法で手術を行わざるを得ません。

ヘルニア偽還納は、何よりも早期診断・治療が必要です。偽還納の特徴として、それまでのヘルニア罹患歴が2年から10数年と長いものが多く、殆どの症例で自らもしくは医療施設にて環納処置を受けており、その直後から症状が出現しています。特に時間をかけて何とかヘルニアを環納したり、強引に用手環納を行った後に生じることが多いようです。そのため、医療者側も日常からヘルニア整復時、特になかなか整復されにくいような症例では偽還納が発生する危険性がある事を日頃から認識すべきと思われます。またヘルニア罹患歴が長く自己整復を繰り返すような症例では、前もって待機手術(ヘルニア根治術)をお勧めした方がよいでしょう。

図1)鼠径ヘルニア偽還納のシェーマ
(標準外科学.第11版,2007,p561-276)
図2)鼠径ヘルニア偽還納のCT所見
(河岡 徹ら:鼠径ヘルニア偽還納の1例.日臨外会誌 2012;73:2115-2120)