一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2026年3月 インフルエンザと学級閉鎖の意義

鈴木小児科医院
鈴木 英太郎

インフルエンザの由来

 インフルエンザは毎年流行がある身近な病気です。インフルエンザウイルスの由来は渡り鳥カモが持っているウイルスです。カモがシベリアの湖水や永久凍土に糞をして、そこに保存されたウイルスを渡り鳥カモが地球を南北に往来しウイルスをばらまいています。養鶏場のニワトリが大量死するのはこの由来ウイルスによります。人間で発症するインフルエンザは、カモがブタに接触して、ブタの呼吸器で生まれた遺伝子再集合体です。ブタ→ヒト→ヒト感染が起こります。

インフルエンザの臨床症状と抗ウイルス剤

 人類は過去に4度のパンデミックインフルエンザを経験しています。1度目はスペイン風邪A/H1N1(1918 ~1919年)、2度目はアジア風邪A/H2N2(1958年)、3 度目は香港風邪A/H3N2(1968~69年)、4度目はA/H1N1pdm09(2009年、日本では新型インフルエンザと呼ばれた)です。発生当初は地球規模で大流行しますが、数年経つと季節性インフルエンザに変化します。インフルエンザの特徴的な臨床症状として二 峰性の発熱があります。最初に高熱が2日ぐらい続き、3日目頃解熱して平熱ぐらいに下がり、また4日目ぐらいから最初より少し低めの発熱が1日ほどあります。頭痛、関節痛、咽頭痛、咳、鼻汁、下痢などの症状が出ます。乳幼児では熱性けいれん、脳症なども起こることがあります。熱性けいれんは比較的多い症状で、病初期に発生するのが大半です。抗ウイルス薬は タミフル、イナビル、ゾフルーザなどがあります。抗ウイルス薬が効いていれば二峰性の2回目の発熱はないか、わずかです。タミフル、イナビルはノイラミニダーゼ阻害薬です。B型のインフルエンザにはA型に比べ効きにくいです。ゾフルーザはウイルス合成阻止に効くので理論的にはB型にも効くはずです。しかし、ゾフルーザはA香港型に投与すると、投与後5日目ぐらいにはインフルエンザ遺伝子であるPA(=ポリメラーゼ酸性サブユニット)/I38Tや、PA/I38Mにア ミノ酸変異が起きている症例があります。それに関する調査研究を新潟大学大学院医科歯科学総合研究科・齋藤玲子教授がおこなっており当院も参加しています。耐性遺伝子を持ったウイルスのヒト-ヒト感染 は、現在のところ大半が自己完結型ですが、わずかに感染の症例があり現在調査中です。

「小児科医が罹りにくい理由」と免疫の真実

 30年ほど前に感染症セミナーで私が司会を務めた際、50人ぐらいの小児科ドクターが一堂に会していました。私は「最近インフルエンザに罹ってない先生方は挙手を」──大多数が手を挙げました。続けて私は、「では、その中でワクチンを接種している先生は?」──挙手したのはわずか数名でした。つまり、毎年多くのインフルエンザの患児を見ている小児科 医は、ワクチンを接種していなくてもインフルエンザに罹っていないことを証明できたのです。インフルエンザの罹患を顕性感染、不顕性感染の形で繰り返していると考えられます。インフルエンザ罹患は過去の既往歴に一番関係しています。多変量解析をおこない、目的変数はインフルエンザ罹患、説明変数は年齢、性別、過去のインフルエンザ罹患歴、過去のイン フルエンザワクチン接種歴、などについてデータを出しました。結果は、インフルエンザ罹患は過去の罹患歴に一番強く相関があることが分かりました。それに比べるとインフルエンザワクチン接種歴は有意とは出ますが、P値が罹患歴に比べて高度に劣っていました。症状が出る顕性感染、あるいは症状が軽く不顕性感染に近い形などで免疫が蓄積されていきます。

現行のインフルエンザワクチンの効果と限界について

 予防の手段としてワクチンがあります。ワクチンには不活化ワクチンと生ワクチンがあります。不活化ワクチンは 、ウイルスの侵入門戸となる鼻粘膜で感染を防ぐための分泌型IgAが産生できないため、感染を防ぐことは難しいとされています。しかし血中IgGは産生するため重症化は防ぐことができるとされています。感染症に対する免疫は、抗原(ウイルス)が生体 に入ってくると自然免疫が戦います。それに続いて獲得免疫が働きます。自然免疫の働きがよいと獲得免疫もよいとされています。獲得免疫にはリンパ球B細胞による液性免疫と、リンパ球T細胞による細胞性免疫があります。リンパ球B細胞による液性免疫は 実際に測定できるので臨床上よく使われます。血中特異的IgG、IgM、IgAなどです。インフルエンザワクチンは全粒子不活化ワクチンが開発されましたが、接種後発熱等の副反応出現率が高いことから、現在は、脂質成分を除去し超遠心機によりHA分画を集めたスプリットワクチンになっています。スプリットワクチンは自然免疫系に刺激が入り難いことから感染の既往歴のない乳幼児では免疫応答が悪いことが知られています。皮下接種することで粘膜免疫、細胞性免疫を誘導することが出来ないことからその有効性には限界があります。一方、生ワクチンは、弱い自然感染を起こさせているので感染防御ができます。インフ ルエンザに罹ると免疫ができますが、次の流行で抗原変異があると持っている免疫が効かなくなります。時間が経って免疫力が落ちていく現象もあります。抗原変異が小さいと今までの免疫が働いて効くことになります。これを交差免疫と呼びます。交差免疫の具体的な測定の仕方は、インフルエンザ罹患患者の血清を、ワクチン株の抗原と、流行株の抗原でHI価を測定すれば分かります。変異が強ければワクチン株ではHI価が低くなり、流行株では当然高く出るので差が開きます。ワクチンはすでに流行したインフルエンザから作られます。しかし流行ウイルスの方がワクチン株より常に先に抗原変異していくので、変異が強 ければ 効果はそれほど期待できません。インフルエ ンザに罹るということは、過去の罹患による交差免疫を超えた変異があるということであり、ワクチンによる免疫負荷も交差免疫を期待してのことです。ワクチン接種もインフルエンザ罹患も免疫を持ちますが、新しい流行株に交差免疫としてどのぐらい働くかが重要です。もうひとつ重要なことは時間軸でみるとどうなるかです。おそらく時間の経過とともに免疫力も低下していくと考えられます。

社会的介入としての学級閉鎖

 学級閉鎖のメリットには、①流行のピークを下げることで医療がひっ迫しない、②給食のフードロスの削減などがあげられます。デメリットとしては、①症状 がない人も休まなくてはならない、②保護者も仕事を休まなくてはならない、③学級閉鎖中に罹患せず、後に罹患すると2回休むことになるなどが考えられます。学級閉鎖によってインフルエンザの感染者を少なくすることはできません。よいモデルを経験しましたので報告します。新型インフルエンザの大流行が起こった2009年8月~12月にかけて調査したものです。K小学校の罹患者は342人/642人(罹患率53%)、 学級閉鎖延べ日数56日。N小学校の罹患者は292人 /699人(罹患率41%)学級閉鎖延べ日数39日でした。学級閉鎖を多くしたK小学校が、少ないN小学校より罹 患率は高くなっていました。これは地域の特性 によるバイアスがかかったためと考えられます。もしバイアスがなければ罹患率は同じぐらいとなるでしょう。新型インフルエンザの流行時は過去の罹患免疫がない母集団ですので非常によい調査モデルとなりました。季節性インフルエンザの流行時には、過去の罹患歴が個人によって違うためよい調査モデルにはなりません。これにより学級閉鎖によって罹患率が減ることはないと証明できています。学級閉鎖は欠席率が30%以上となれば実施されます。

結びに

 インフルエンザという病気と、インフルエンザワクインフルエンザという病気と、インフルエンザワク―25チンの特徴をよく理解して日々の診療にあたりたいものです。インフルエンザワクチンが抱える課題は、期せずして新型コロナワクチンが直面した困難とも共通 しています。新型コロナが落ち着いたのは、市民の大多数がコロナに罹り集団免疫ができたことによると考えられます。新型インフルエンザH1N1pdm09のパンデミックも同様の現象が起こりました。市民が罹り集団免疫の獲得とともに弱毒化も進んでいきました。ワクチンの特徴と限界を正しく理解し、過去の罹患歴や免疫の仕組みに基づいた「真に合理的な接 種戦略」が求められています。