一般社団法人宇部市医師会

知っておきたい病気

2021年11月 黄斑前膜(おうはんぜんまく)

近本眼科
近本 信彦

私たちが視覚情報を獲得する時、その情報は透明な角膜(黒目)を通り、水晶体(レンズ)を経由して眼球の奥に到達します。そこには光を感じる神経細胞が集まってできた網膜という膜が存在し、光の刺激による網膜の信号は視神経を介して脳へ伝達されます(図1)。この網膜の中で視機能の重要な働きを担う部分が黄斑です。

図1:眼球の模式図
角膜(黒目)から情報が入り水晶体(レンズ)、硝子体、黄斑、視神経へと伝達

黄斑のしくみと黄斑前膜

黄斑(直径1.5mm)は網膜の中心にあり、その中心にはすり鉢状の中心窩(ちゅうしんか)があります。黄斑前膜(黄斑上膜、網膜上膜、網膜前膜とも呼ばれる)は、眼球の中心にある硝子体(しょうしたい)という透明なゲル組織の後方に存在する硝子体皮質の一部の膜が網膜に残存し、この膜が黄斑へ向かって収縮肥厚し発症、さらに中心窩のくぼみを消失するように進行します(図2)。この黄斑前膜には特発性と続発性の2種類があります。特発性は加齢に伴って発症するもの、続発性は網膜の静脈血管が閉塞した後、眼内に炎症が起こるぶどう膜炎などの後、網膜剥離の治療後や眼球の外傷などによって二次的に引き起こされるものです。外来を受診される方の多くは特発性黄斑前膜といわれる種類です。そのため今回は特発性黄斑前膜を中心に述べます。黄斑前膜の発症頻度は7%と報告があります。60歳以上の女性に多い疾患で片眼の発症がほとんどですが、両眼の発症も30%にみられます。

図2:黄斑の断面図の模式図
a;正常黄斑
黄斑(中心窩)のくぼみが存在、網膜最内層の表面に硝子体皮質(細い点線)が残存
b;黄斑前膜形成
残存硝子体皮質が中心に向かい収縮、肥厚し前膜形成(太い点線)、黄斑(中心窩)のくぼみは消失、網膜に皺(しわ)が形成され網膜が肥厚

自覚症状

発症および進行が緩徐であるため初期には自覚症状を伴わないことも多く、また病気が片眼だけの場合にはもう一方が見え方を補ってしまうため症状に気付きにくいこともあります。黄斑前膜が進行すると片眼あるいは両眼でものが歪んで見える歪視(わいし)症、変視(へんし)症、ものが大きく見える大視(だいし)症や視力低下などの自覚症状をきたします。日常生活に例えてみると向こうから歩いてくる人の顔の中心が歪んで見える、カーテンの縦の線や障子の格子が部分的に歪んで見える、左右で物の大きさが違って見えるなどです。進行した場合Quality of vision(視覚の質)に影響を与えることからも早期発見が重要となります。

検査・診断

見え方の異常に気付いたり健康診断で黄斑前膜を疑われた場合には、眼科での精密検査が必要です。検査としては視力検査、歪みの検査、眼底検査です。視力検査では矯正視力(矯正レンズで補正)を測定します。歪みの検査は格子状の黒いマス目を用いるアムスラーチャートがあります。片眼ずつ(眼鏡を装用されている方は装用下で)マス目の縦や横の線を見て歪んでいないか確認します。アムスラーチャートはインターネットでも閲覧でき、ご自身でも自己チェックが可能です。眼底検査では検査用の散瞳薬(点眼薬)を用いて瞳孔(ひとみ)を拡大させ、眼球の奥にある網膜や黄斑などを診察します。黄斑前膜は黄斑の前に薄い膜が張っている状態ですが、セロファン状の膜が薄く張る軽度のものから、黄斑前膜の下の網膜に皺(しわ)を伴うもの、進行し灰白色の不透明な膜の形成をきたすものまでみられます。
また眼底検査には黄斑を含む網膜の断面を非侵襲的に撮影することができる機器として光干渉断層計(optical coherence tomography, 以下OCT)があります。OCTは1991年に画像化に成功した後、約30年で解像度が飛躍的に改良され、10層で構成される厚さ0.3mm以下の網膜の層構造をより詳細に観察できるようになりました(図3)。黄斑前膜においては網膜全体の形態学的変化だけでなく、網膜を牽引している範囲や網膜各層への障害の深達度、治療後の変化等を確認することが可能となっています。現在では視力と相関のある網膜深層の視細胞層(視細胞内節外節接合部や視細胞外節端)を解析することが可能となり、手術適応を含めた治療方針を決定する重要な所見として考えられています(図4)。

図3:正常網膜のOCT像
網膜10層が層別に観察可能

図4:黄斑前膜のOCT像
黄斑前膜が形成され黄斑(中心窩)のくぼみは消失、網膜皺も形成、視細胞内節外節接合部のラインは維持されているが、視細胞外節端のラインは不整

治療

自然治癒や薬物治療がないため唯一の治療法は硝子体手術となります。視力が良好で自覚症状も少なく、日常生活や仕事に支障のない場合は手術を行わず経過観察で良いこともありますが、自覚症状が進行した場合は硝子体手術の適応となります。硝子体手術の目的は、膜組織を除去することにより牽引された網膜を伸展させて視力の回復や変視症の改善を図ることです。手術では硝子体(水晶体切除術を併施する場合もある)を切除し、次に黄斑部を含む網膜の表面に張り付いている黄斑前膜を除去します。この術式でも比較的経過は良好ですが、過去の報告で再発率が3~12%にみられました。その原因として網膜最内層の内境界膜(ないきょうかいまく)という組織の表面に、細胞成分や線維成分が増殖し黄斑前膜発症の足場となっていることが解明されました。そのため現在では、内境界膜を同時に除去することで再発率が減少しています。

まとめ

黄斑前膜は直接失明をきたす病気ではありません。診断もOCTの進化により適切に行うことができ、また手術においては手術手技の改善により良好な成績を獲得することが可能な時代となっています。しかしながら受診時すでに網膜の形態学的変化が進行するとともに視力低下や歪みが長期化している場合には、手術をしても改善が望めないことがあります。そのためにも自己チェック法で早期発見に努め、気になる症状があればお近くの眼科医にご相談ください。