知っておきたい病気
2015年12月 頸動脈の超音波検査
藤田放射線科
藤田 岳史
人間の体には血液を運ぶ役割として動脈と静脈があります。全身に酸素や栄養を運ぶ役割を担っているのが動脈です。動脈は加齢とともに劣化し、動脈の壁が硬くなったり、動脈の内側にさまざまな物質が沈着して血管が狭くなります。これがいわゆる動脈硬化です。血液の流れが滞る状態を招き、心筋梗塞や脳梗塞の原因となっています。
動脈硬化で臨床的に重要であるのは粥状(アテローム)硬化と呼ばれるもので、これは脳の動脈、心臓の筋肉を栄養する冠動脈と言われる比較的太い動脈に起こる硬化です。動脈の内側の膜である内膜と言われる部分にコレステロールや脂肪からなアテロームとよばれるいわゆる血管壁に付着するいわゆるゴミ(プラークとも呼ばれる)ができ、徐々に増大、肥厚することで動脈の内腔が狭くなります。このアテロームが破れると血栓が作られ、動脈は完全に閉塞してしまいます。あるいは閉塞しなくてもこの血栓やアテロームが血流に流されて脳の動脈に飛んだりして脳梗塞などを引き起こすことになります。
アテロームの原因になる悪玉(LDL)コレステロール(Low Density Lipoprotein Cholesterol)は、動物性脂肪に多く含まれています。中性脂肪も動脈硬化を促すといわれています。動物性脂肪を多く含む欧米型の食生活が進む我が国においては以前よりも動脈硬化を引き起こしやすい状況にあると思われます。また他に動脈硬化を引き起こす原因には高血圧、糖尿病、肥満、喫煙など生活習慣病や成人病などもあります。
動脈の状態を視覚的に観察するには現在様々な方法があります。カテーテルといわれる管を使用し造影剤と呼ばれる薬剤を動脈内に流して直接動脈を描出させる直接動脈造影検査(図1)、CT(コンピューター断層撮影)で造影剤を使用して血管を描出させるCT血管撮影(図2)、核磁気共鳴を使用したMRA(Magnetic Resonance Angiography)検査(図3)、他に超音波検査(エコー)などが主な方法です。これら血管を調べる検査にはそれぞれ一長一短がありますが超音波検査以外で共通することはCT装置や、血管撮影装置など大きく、非常に高価な医療機器が必要であるということです。また造影剤を使用したり、放射線被曝がありますので患者さんには少なからず肉体的な負担が生じます。
一方超音波を利用する超音波検査は大型の医療器械を必要としません。探触子(プローブ)と呼ばれる小さな検出器を見たい部分に当てるだけで体の内部や血管の観察が可能です。超音波を用いますので被曝の心配もありませんし、静脈注射などの負担もありません。
人の頚部に存在する頸動脈と呼ばれる動脈は離れてはいますが辿っていくと脳の動脈や、心臓の冠動脈に連続しています。心臓や脳の動脈を超音波で直接観察することはできませんが頸動脈は比較的太く、また体表近くを走行するために容易に観察することができます。従って頸動脈を観察すれば脳の動脈や冠動脈の状態を推測することが可能です。最近は超音波で頸動脈を観察することで動脈硬化の進行具合を観察し脳や心筋梗塞の発症リスクの有無を調べることが積極的に行われるようになってきています。
頸動脈の壁は内膜、中膜、外膜から構成されています。頚部超音波検査ではこの構造が明瞭に描出でき、動脈壁の様子が細かく観察することができます。頸動脈超音波検査では内膜中膜複合体と呼ばれる部分の厚み(IMT:Intima Media Thickness)を測定します(図4)。プラークが形成され、動脈硬化が進むとこの厚みが増してきます。正常は1.0mm以下ですが動脈硬化が進むと1.0mmを超えるようになってきます(図5)。さらに動脈硬化が進むと患者さんによっては頸動脈が非常に狭小化してきます。
プラークには血管からはがれて脳の動脈に飛んで脳梗塞を起こしやすい不安定プラークと呼ばれるものと血管壁に付着して比較的安定したプラークがあります。頸動脈超音波検査ではこのプラークの状態も観察可能で不安定なものは服薬治療などの対象になるものと判断されます。
頚部超音波検査では非常に簡便に、また比較的短時間に患者さんに肉体的負担をかけずに動脈の状態を評価可能です。動脈硬化があれば食事療法、運動療法、場合によっては薬物治療によって恐ろしい脳梗塞や、心筋梗塞の発生を未然に防ぐことができます。高血圧、高脂血症、糖尿病などがある患者さん、あるいはご家族に脳梗塞や、心筋梗塞を患ったかたがおられる人は一度医療機関を受診されて頸動脈超音波検査にて動脈の状態をよく調べてもらうことをお勧めします。
図1 カテーテルと造影剤を使用した直接動脈造影検査です。矢印は左鎖骨下動脈を示しています。動脈の様子が良くわかりますが検査には造影剤の使用と大型撮影装置などが必要です。
図2 CTによる動脈の描出です。頸動脈とその動脈に留置されているステント(矢印)と呼ばれる狭くなった内腔を拡げるバネが明瞭に描出されています。しかしこの検査も直接動脈検査と同様に大型機械や造影剤を必要としますし放射線被曝があります。
図3 健康な方の核磁気共鳴を利用した脳血管のMRAです。造影剤を使用せず明瞭に脳の動脈が描出されています。磁気共鳴現象を利用していますので放射線被曝の心配は全くありません。ただし直接動脈造影やCT検査と同様に大型MR撮影装置が必要です。
図4 高血圧で投薬治療を受けている70歳代、女性の超音波検査による頸動脈の観察です。真ん中の黒い部分が動脈の内腔です。矢印の部分がIMTと呼ばれる動脈壁の内側の部分でこの患者さんのIMTは0.6mmでした。計測上は正常範囲内であり脳梗塞発症のリスクは少ないものと推測されます。
図5 糖尿病、高血圧がある80歳代、女性の患者さんです。矢印のように所々にIMTの肥厚が見られます。計測上は2.2mmで、動脈硬化があるものと診断されます。ただし比較的安定したプラークと考えられ脳梗塞の発症リスクは低いものと推測されます。頸動脈超音波検査では広い範囲の観察は困難ですが、ほぼ侵襲性なしに動脈壁の詳細な観察が可能です。