知っておきたい病気
2016年3月 夜間頻尿
いそやま泌尿器科クリニック
磯山 理一郎
<はじめに>
夜間、排尿のために起きなければならない症状を「夜間頻尿」といいます。よくある症状の一つですが、単一の独立した病名というより別の多くの病気が複雑に絡み合い隠れているかもしれない病状の一つであるといえます。
専門的には、1回以上起きれば「夜間頻尿」ですが、実際の臨床では2回以上を問題にして診療しています。
加齢に伴って、男女とも多く認められてくる症状ですが、排尿に関して最も日常生活に影響を与え、生活の質を落とす症状の一つです。
そのため、その原因をはっきりさせることで日常生活の改善を期待できる可能性があります。
<病状と機序>
原因としては、主に三つに分けられる 1)昼夜あるいは夜間の尿量の増加(多尿、夜間多尿)、2)膀胱の容量の減少(蓄尿障害)、3)睡眠の障害(睡眠障害に伴う夜間多尿、夜間頻尿)などが互いに関係しています。かつては、前立腺肥大症や膀胱機能の面からのみ捉えられがちでしたが、過度の水分摂取、脳血管障害、糖尿病などの内分泌環境、心不全などの循環器疾患、睡眠時無呼吸などが関与している場合があります。そのため、「夜間頻尿」の訴えに対して、ただ単に頻尿改善薬を投与するだけではなく、全身性の疾患の症状の一つとして考えて、睡眠や日常生活の環境を整えながら診療に当たるのが良いとされています。
<考えられる原因>
ところで、加齢と伴に「夜間頻尿」が多くなるのは、年齢と伴に高齢者に特有の体の変化が生じてくるからです。
その原因の一つに
1)“多尿”、“夜間多尿”という状態があります。
通常の一日の尿量を1000〜1500mlとするとそれ以上を“多尿”、その1/3に当たる330〜500ml以上の尿が夜間に産生排尿されることを“夜間多尿”といい、加齢に伴って徐々に生じてきます。
その理由は、
A)脳下垂体から抗利尿ホルモンが睡眠中に分泌されて夜間の尿量を調節しますが、加齢に伴い分泌が悪くなり夜間の尿量が増えます。
B)体の組織自体も年齢とともに劣化し、細胞同士の結合も緩くなり、重力に負けて下肢に水分が貯まってきて、ひどいとむくみや浮腫になります。夜に横になると体の高さの落差が少なくなり、その水分が血管の中に戻ってきて尿になります。
C)腎臓も尿を濃縮する力が低下し薄い尿しか作られなくなり、腎臓の位置も立位では下がってきて腎下垂になりがちですが、安静にすると元の位置にもどり血流も良くなり尿を作りやすくなります。
D)加齢とともに弱ってきた心臓のポンプ機能が、安静になると負担が軽くなり働きが回復してきて下肢に貯まった体液を汲み上げ易くなり、腎臓にも十分な血流を送れるようになりますます腎臓の尿の産生を助け、その結果“夜間多尿”になります。
もう一つには、
2)“膀胱の蓄尿の障害”があります。
年齢とともに、膀胱もその周囲の骨盤内の筋肉も筋肉成分が減少し、加齢により線維化して結合組織成分が増えるので、収縮力や尿を保持する蓄尿機能が低下してきます。神経も徐々に細く弱くなり、膀胱自体への神経伝達も劣化してきて機能的な膀胱容量が減ってきます。女性に多い過活動膀胱(他に原因が無いにもかかわらず、尿が少量しか溜まっていないのに膀胱が勝手に収縮してしまう病気の総称)はこれに含まれますし、高齢男性に多い前立腺肥大症(中年以降の男性に起こる、膀胱の出口にある前立腺が腫大して生じる下部尿路閉塞の病気、図)はこの要素の上に排尿困難による過敏さと残尿により残りの膀胱の容積の減少が加わります。
さらに
3)“睡眠の障害”もあります。
高齢者に多く、高齢者の眠りは浅く、分断されるため、すぐに目が覚めてしまい、目が覚めるごとに気になってトイレに行くことになるからです。
それ以外の1)“多尿”“夜間多尿”の原因として、
a)“多飲”があります。
水分の過剰摂取で、濃い味の食べ物などで塩分を摂りすぎると喉が渇いてたくさんの水分が欲しくなります。水分を摂ると血液が薄くサラサラになり脳梗塞や心筋梗塞が予防できると信じて就寝前や夜間にたくさんの水分を摂る方がいますが、科学的根拠はありません。むしろ「夜間頻尿で3回以上起きる人はかえって寿命が短くなる。」という報告もあるので夜間の多飲水は注意が必要です。そんな中には心因性多飲症の方もおられます。
b)“薬剤性多尿”では、
アルコールやカフェインなどの化学物質や利尿剤、降圧剤(Ca拮抗剤など)などの薬剤による影響で多尿になることがあります。
c)“内分泌・代謝の病気”では、
たとえば、糖尿病は、コントロールが悪く高血糖になると浸透圧利尿がかかり多尿になります。末梢神経障害による障害が出だすと過活動膀胱や神経因性膀胱(神経が原因で排尿が不具合になる病気)の要素も加わり「夜間頻尿」になる場合があります。
尿崩症(薬剤や脳の病気で起こることもあります。)といって抗利尿ホルモンの分泌が不足して、腎尿細管での尿の再吸収が障害されて多尿になることもあります。
d)“腎臓病”では、
最近よく言われている慢性腎臓病(CKD)は加齢や生活習慣の不良から腎臓の劣化を来し、尿の濃縮力の低下に加え、水分や食事摂取後の速やかな排泄機能が低下し、遅れて排泄するために夜間の尿量が増加してきます。
e)“心臓病”では、
慢性心不全の初期症状として「夜間頻尿」が現れることがあります。特に高齢者では、潜在的心不全により昼間に生じたうっ血状態を自ら改善させるために、夜間尿量を相対的に増加させて、心臓の負担を軽減している可能性があります。
f)“脳血管障害”では、
脳卒中(出血や梗塞)、パーキンソン病などの脳や脊髄の病気、認知症などでも膀胱のコントロールが効かなくなり過活動膀胱や神経因性膀胱の状態となり「夜間頻尿」になります。
g)“呼吸器の病気”では、
あの有名な睡眠時無呼吸症候群が特に要注意です。呼吸を妨げられるために目覚め、結果として「夜間頻尿」になっている場合もあるからです。
h)“うつ病”や“足むずむず病”でも、
睡眠障害のため睡眠が途切れ途切れになり、初めの段階では「夜間頻尿」を訴える場合があります。
i)“高血圧症”や“肥満症”も、
「夜間頻尿」になるといわれていますが、まだ明確な原因や機序は解っていない様です。
<おわりに>
「夜間頻尿」は、我慢していればそれでよいかというと、そうではありません。
「夜間頻尿」は、多くの要因が関連した症状と考えられますので、隠れた関連疾患の発見のきっかけとなる可能性があります。「夜間頻尿」によりたびたびの夜間覚醒を繰り返し、睡眠の質を悪化させると、寝覚めの悪さ、日中の眠気や倦怠感などで日常生活に影響も及ぼしてきます。高齢者では、夜間の転倒による外傷や骨折の原因にもなりかねません。
ですから、その複雑な要因を丁寧に探り、関連する基礎疾患があればそれを治療しながら、適切に対応していく必要があると考えられます。自分で飲水量を減らしたりしてじっと我慢していこうなどと思わず、気軽に泌尿器科専門医を受診されて、まず原因のチェックから始められるとよいと思います。