知っておきたい病気
2020年1月 ただの痔(じ)だと思っていました。ただの便秘(べんぴ)だと思っていました。
吉永外科医院
吉永 榮一
肛門科を開業して25年になりますが、患者さんの中には、ただの痔や便秘だと思っていても、命にかかわる病気にかかっていることがあります。
痔の主な病気には、いぼ痔(内痔核)、切れ痔(裂肛)、痔ろう、肛門周囲湿疹があります。それぞれの病気の症状は、内痔核が肛門出血や肛門脱出で痛みはあまりありません。裂肛は排便時の痛みや排便後の痛みがあります。紙につく程度の出血もあります。痔ろうでは肛門より膿が出ます。肛門周囲湿疹では肛門にかゆみがあります。以上が主要な痔の症状ですが、痔の患者さんの中には、同時に命にかかわる病気にかかっていることがあります。
患者① 51才、男性
農業を仕事としている。最近、農作業をしていると、動悸(どうき)がするようになった。階段を上る時も息切れがする。夜中に息苦しくて目が覚めるようになった。便をする時ピューと出血するが痛みはない。排便の時、親指の先の大きさの痔が脱出するが指で押さえると肛門内におさまる。(経過)来院時、肛門の診察で内痔核3か所あり。血液検査で赤血球数が280万(正常値427万~570万)Hgb(ヘモグロビン)5.4g/dl(正常値13.6~17.6)と著明な貧血があることがわかった。内痔核からの出血による貧血と診断し入院で内痔核の手術を行った。入院中鉄剤の点滴も行った。手術して肛門出血が無くなったため、輸血をしないで手術後約1カ月で血液検査で赤血球数やヘモグロビンの値が正常になり、貧血が治癒(ちゆ)した。バケツにあながあいていたら、いくら水をそそいでも水はたまりません。それと同じように肛門出血がひどい場合はいくら鉄剤の内服などの貧血の治療をしても肛門出血が止まらない限り、なかなか貧血は良くなりません。この患者さんはこのまま治療しなかったなら、急性循環不全(臓器に酸素が行きわたらない状態)で急死した可能性があります。
患者② 52才 女性
排便時猛烈な痛みがあり痔だと思ってボラギノールを使用していたが一向に痛みが良くならず吉永外科を受診した。局所麻酔薬が入っているキシロカインゼリーをぬって肛門内を診察しようとするが痛みのため出来ず、キシロカインスプレーを噴霧してようやく肛門内を診察出来た。当初大きな肛門潰瘍(切れ痔のおおきなもの)と思って治療したが改善しなかった。キシロカインスプレーを充分きかせて約2週間後診察したところ、直腸指診(肛門から指を入れて直腸などを調べる診察)で、しこりを触れた。直ちに大腸内視鏡検査したところ肛門部に潰瘍を作っているがんであることが判明した。その後、総合病院に入院して手術になった。
患者③ 80才 女性
以前より痔があって排便時出血していた。最近、排便時出血がひどくなり、その上肛門の痛みも出てきた。すわっているだけで肛門が痛い。吉永外科受診時、直腸指診でしこりを触れ、直ちに大腸内視鏡検査を行った。直腸下部から肛門部にかけてがんが出来ていることがわかった。総合病院で入院手術になった。
患者④ 78才 女性
若いころから便秘しやすかった。イチジク浣腸や下剤を服用して便を出していた。最近ますます便が出にくくなり、お腹がはったり、排便前にお腹が痛くなるようになった。肛門より出血はない。食欲が落ちて体重が減少した。吉永外科受診時、直腸指診でしこりを触れた。すぐに大腸内視鏡検査を行った。直腸下部に直腸がんがあった。直腸がんのため直腸が狭くなっていて、便がつまりかかっていた。腹部エコー検査(超音波で体の内臓を調べる検査)ですでに肝臓に転移があった。総合病院に入院して手術になった。
以上4人の患者さんのように痔やただの便秘と思っている人の中にも、がんなどの命にかかわる病気にかかっていることがあります。おかしいな?変だな?と思ったら肛門科や消化器科などの専門医を受診して下さい。大腸がんや直腸がんは進行して見つかっても充分治療が可能です。おかしいなと思ったら、がまんせず早めに医者にかかって下さい。
患者①②③④は吉永の臨床経験にもとづいて作成した架空の患者さんです。特定のモデルはいません。