知っておきたい病気
2024年1月 「気にしていますか?身近な乳がん」
ふかみつ乳腺クリニック
深光 岳
私が外科医としての人生を乳がん患者さんに尽くそうと心に決めたのは、2012年の春のことでした。当時、日本では全女性の14-15人に1人が乳がんにかかるというデータがあり、患者さんにもそのように説明をしていました。この10年余りで乳がんになる方がさらに増え、2023年現在では9人に1人と説明するようになりました。そして日本の罹患状況が欧米に10-15年遅れていることを考えると、最終的には8人に1人までは増加すると予測されています。
中学、高校時代を思い出してみましょう。当時40人クラスで半数の20人が女子だったとします。卒後50年の同窓会を開いたとき、女子の2-3人が乳がんを経験しているということです。もちろん男性でも乳がんになる可能性はありますので、乳がんが女性だけの特有の病気というわけではありません。しかし、実際には圧倒的に女性が多いのが現状で、2020年の全国乳がん患者登録調査報告では女性93,193人(99.4%)、男性591人(0.6%)が乳がんになっています。また、女性に比べ、男性の乳がんは罹患年齢が女性よりも10歳高いことがわかっています。
このように乳がん患者さんは増加傾向ですが、多くの方が乳がんは40代から50代に多いということも耳にされたことがあると思います。では、実際はどうでしょうか。こちらも2020年の全国乳がん患者登録調査報告のデータですが、乳癌になった年齢は40-44歳7,122人、45-49歳12,469人、50-54歳10,227人、55-59歳8,743人、60-64歳9,197人となっています。確かに40代後半から50代にかけて乳がんになる患者さんが多いことがわかります。
続けていきましょう。65-69歳10,687人、70-74歳11,876人、75-79歳8,888人、80-84歳5,588人となっています。80歳を過ぎてようやく乳がん患者さんが減ったように見えますが、このデータからわかるのは、若い方が多いと勘違いしがちな乳がんですが、実は60代から70代でも決して乳がんにかかりにくいというわけではないということです。さらにより若い世代である35-39歳でも2,813人が乳がんになっていることは、多くの女性にとって乳がんは「常に身近にある病気」ということだと思います。
私は乳がんはそのほかのがんとは違う特別な病気であると考えています。通常、多くのがんは年齢が高くなるにつれ罹患率が上がっていきます。50-60代から急激に増加していくという印象をお持ちのことと思います。一方、乳がんは40歳前後から増え始めます。若年層の罹患率が高いということが意味することは、それが社会活動、経済活動の中心にいる、まさに日本を支えている世代を直撃するということです。乳がんがきっかけで仕事を辞めざるをえない患者さんを多く診てきました。40代前半で未成年のお子さんを残して無念にも亡くなってしまった患者さんを看取った経験も1人や2人ではありません。亡くなったお母さんのベッドサイドで歯を食いしばって堪えている中学生と、まだ状況がわからずに無邪気にお母さんに寄り添っている未就学児の兄弟を私は忘れることができません。
乳がんは一般的には予後良好な病気と言われます。つまり乳がんになっても実際に乳がんが原因で亡くなることは少ないということです。ではなぜ若い世代の乳がん患者が幼子を残して亡くなってしまうのか。かなり乳がんが進行してから初めて病院を受診された方の多くが「仕事が忙しくて」、「子育てが忙しくて」受診が先延ばしになってしまったと言われます。また、「まだ若い自分がまさか乳がんとは思わなかった」という声も多いです。
社会の中心にいる世代だからこそ、自分のことより周りのことを優先してしまい、結果として手遅れの状況になってしまったということが少なくないのです。
乳がんは確かに予後良好ながんです。しかし、それは早期発見できればの話であり、早期発見のためには自己検診はもちろんのこと、しっかりと乳がん検診を受けることが必要です。残念ながら乳がんを予防することはできません、また、乳房から遠くの臓器(肺、肝臓、骨など)に転移してしまった場合の根治は期待できません。生存率を上げるためには早期発見するしかなく、早期発見のためには乳がん検診しかないのです。40歳を過ぎればマンモグラフィを受けてください。また、乳がんは自覚できる「しこり」があるとは限りません。少し乳房が張る、乳房が硬くなった気がするなど、様々な症状が現れます。「普段と違う」という感覚があれば必ず乳腺外科を受診し、乳腺超音波検査、組織検査などの精密検査を受けて下さい。
実は、宇部市を含む山口県の乳がん検診受検率は全国でもっとも低い状況が続いています。
日本の社会、経済の中心で活躍する女性が、たとえ乳がんになっても治療後にもう一度社会で活躍できること、まだ小さな子供がお母さんを乳がんで失うような悲劇をなくすことが検診の目的です。この記事に目を通してくださったすべてのみなさまが乳がん検診を受け、万が一乳がんになったとしても早期発見されることを切に願って結びの言葉とさせていただきます。