知っておきたい病気
2022年9月 不妊治療の保険適応範囲拡大について
しま産婦人科
加藤 裕之
2020年に不妊治療を保険適応とする方針が菅総理により決定され、2021年日本生殖医学会によるガイドラインが作成されました。同年発刊された生殖医療ガイドラインに準じて、遂に2022年4月より不妊治療保険適応拡大が実施されることとなりました。
生殖医療ガイドラインでは、各項目の推奨レベルは3段階(A:強く勧める、B:勧められる、C:考慮される)で、分類されています。今回保険収載されたのは、推奨レベルAとBに分類された項目です。
具体例を挙げて説明すると、原因不明不妊症に対する体外受精治療の有効性は推奨レベルAに分類されており、今回保険適応になりました。これまで自費診療で数十万円必要だった体外受精治療が3割負担(高額療養費制度を利用すれば、さらに負担軽減)で受けることが可能になったのです。経済的負担が減少する点で、患者様にとってとてもメリットがある改革と言えます。さらにガイドラインに準じた標準的な治療が拡大することもメリットのひとつです。
しかし保険点数の決められた標準的治療に関しては、デメリットも指摘されています。これまで自費診療だからこそ実施可能だった最新検査・治療が手軽に行えなくなる事です。標準的治療にて容易に妊娠する患者様に関しては問題ありません。しかし問題は、何度移植しても妊娠成立に至らない方々です。彼女達は、標準的治療に追加して、最新の検査や治療法が必要となるのです。有効性が期待されるものの、現時点ではデータ不足で保険収載と認められなかった検査や治療は推奨レベルCに分類され、もちろん保険は効きません。自費診療と保険診療を同時に行うことは基本的に禁止であるため、今後は併用できない検査・手技・薬剤があるのです。しかし救済措置として、推奨レベルCの中でも「先進医療」と認められたものだけは、自費ではあるものの保険診療と同時に施行が可能となっています。
こちらも具体例で説明すると、「先進医療」として認められた推奨レベルCの検査に「子宮内フローラ(子宮内細菌叢)検査」があります。これは昨今脚光を浴びている「腸内フローラ(腸内細菌叢)」同様に、管腔臓器である子宮内の細菌叢検査です。「腸内フローラ」のバランス(Lactobacillus属・Bifidobacterium属 vs Clostridium属)が乱れることにより、腸疾患のみならず、糖尿病や肥満、自閉症など色々な疾患に影響を及ぼす事は、よく知られています。2015年子宮内にも細菌叢が存在することが明らかになり、子宮でもフローラはトピックとして扱われる事となりました。(それまで子宮内は無菌と考えられていたので、これは画期的な発見だったのです。)そして「子宮内フローラ」のバランス(Lactobacillus属優位)が乱れると着床率や出生率が低下するとの報告がなされ、受精胚を移植する前に子宮内フローラを検査するニーズが生まれたのです。先述の通り推奨レベルCなので自費診療ですが、「先進医療」なので混合診療として検査が認められている状態なのです。(現在も研究が進んでいる領域で、私も以前少し携わったことがありました。子宮内フローラは腸内フローラとも関連があり、国や食生活によって異なるため、日本人の子宮内ではBifidobacterium属や米食に多いPrevotella属が認められたりして、とても興味深かったです。)
最後に推奨レベルCに分類されるも、「先進医療」とは認められていない治療についても例を挙げて説明します。タクロリムス免疫治療法と呼ばれる、反復着床不全(胚移植するも反復して着床に至らない症例)患者に対して行われる最新治療です。血液検査にてTh1/Th2比が高値であれば、患者の自己免疫が強過ぎることで胚の着床率を下げている(胚を自己免疫が攻撃している)と考えて、免疫抑制剤(タクロリムス)を内服するのです。この治療法は推奨レベルCですが、「先進医療」には分類されていないので、混合診療として標準治療に追加することができません。従って、この免疫治療法を併用する必要がある患者様は、全てを自費で払う必要があり、他に比較して経済的負担がとても重くなるのです。
この度宇部日報へ執筆する機会を頂き、新たに始まった不妊治療の保険適応拡大について、具体的な内容も含めて書かせて頂きました。内容が長く、難しくなってしまいましたが、不妊治療を考慮中の方や、不妊治療中の方には興味があるのではないかと思いました。不妊治療は新たな検査・治療が次々と報告されるため、今後もガイドラインや保険収載については度々変更される事が予想されます。治療を考えておられる方は、担当医師としっかり相談して、最適な治療法を選択してください。長期間の不妊治療は本当にストレスになりますので、治療中の方々につきましては、早い妊娠成立をお祈りいたします。